全盲大学生海外初一人旅、コスタリカ環境保護ボランティア紀行 その5

度々私事で大変恐縮ですが、全盲娘の海外初一人旅、コスタリカ環境保護ボランティア紀行、『点字ジャーナル』連載の第5回です。よろしければどうぞ読んでやってください。

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★20歳の春、忘れられない3週間 in コスタリカ★
(5)蝶を追って

コウモリ、吠え猿と並ぶ、バラオンダ国立公園の名物は蝶だ。青く美しいモルフォをはじめ数種類が生息しており、調査のためにみんなで手作りした罠をしかけに行ったことが忘れられない。
罠作りをするのは、公園で働く人々の憩いの場であるキッチンだ。四方に壁がないので、周りの木々から生き物が葉っぱを食べているような音がひっきりなしに聞こえ、羽音が聞き取れるほど近距離を小鳥が飛んでいく。食卓の50㎝横をイグアナが歩いていたりもする。雄大ではなく濃密という形容がふさわしい、臨場感のあるこの公園の自然とひとつながりになった空間だ。3月、乾季の太陽にジリジリと焼かれつつ、パイナップルやコーヒー、ジュースのように甘いお茶に舌鼓を打ちながら手を動かした。
ターゲットである蝶の大きさに比して、罠は大掛かりなものだった。目の細かい大きな網を、長さ1m、直径40㎝ほどの筒状に縫い合わせて作る。筒の底にあたる部分には、4本の短いひもでプラスチックのお皿をつるす。半分発酵させたパイナップルを置いて、蝶をおびきよせるためのものだ。お皿が傾かないようひもの長さを均等にするのが意外に難しかったが、要領をつかんでくると私はすっかり気をよくし、「将来、罠作り職人としてここで働かせてくれる?」と、スタッフ達にちょっぴり本気で聞いたりした。
罠をしかけるのは、鬱蒼とした森の中。地上6m、4m、2mのいずれかの枝を選んで、筒のてっぺんをくくりつける。巻尺代わりに罠の底からたらしてあるそれぞれの長さのひもが、たるまずに地面に届いていればOKだ。種類によって飛ぶ高さが異なるので、捕える種類に偏りが出ないよう、高さを変えるのだという。蝶は上に向かって飛ぶ習性があるので、いったん網の下に入ると後戻りできないという話も面白かった。そんな蝶の生態を熟知し、調査を仕切っていたスタッフは、「本を読んで自分で勉強した。学校で勉強したことと何を仕事にするかは別さ、そうだろう?」とさわやかなプロ意識をにじませていた。私が罠職人として公園で働く日はまだまだ遠そうだ。
日の出前に起きて罠を見回りに行ったとき、森で不思議な木を見つけた。長さ5、6cmほどの平たい半円状のサヤがたくさん実っている。サヤの外側の円周に種が入ってぼこぼことふくらみ、格闘技をやってうっ血した耳のようだ。コスタリカの先住民も同じことを考えたらしく、この木は彼らの言葉で耳を意味するグアナカステという名で呼ばれていた。私が2本のサヤを自分の耳にさして写真に納まらずにいられなかった気持ちは、分かってもらえると思う。ちなみにグアナカステツリーはコスタリカの国の木であり、種は手工芸品にも使われていて、ガイドのロリにもらったネックレスは私の宝物だ。
見回りに行く私たちに、キッチンのおばちゃんが持たせてくれた朝ごはんのことも思い出す。直径25㎝ほどのタッパーに、コスタリカでほぼ毎食食べられている豆ごはんがどっさり。その上にはカリッと焼いた甘いバナナや、卵、とうもろこしのトルティージャなどが無造作に乗っている。そのタッパーと丸のままのリンゴを、むき出しのフォークと共にリュックに放り込み、いざ森へ。日本のかわいいお弁当箱やアルミカップ、星型ニンジンやらタコさんウィンナーやらがいかに特異なものか、改めて思い知った。次第に目覚めていく森の中で、見晴らし台に座って食べた朝ごはんは、格別の味だった。
このおばちゃんは、みんなの食事を作るために週末もキッチンにいたので、ゆるゆると過ぎる休日の昼下がり、私はよく彼女や中学生になる彼女の娘、親子の近所の友人たちと過ごしていた。スペイン語しか話さない彼らとの時間は、自分の語学力を試すチャンスであり、言葉が満足に通じなくても人はこんなに仲良くなれるという証左でもあった。私たちは互いの国や学校、恋愛の話で盛り上がった。私が日本語や点字を教えると、おばちゃんはなぜかスペイン語の指文字を教えてくれた。肩もみや腕相撲をし、音楽を聴いているときは、言葉はいらなかった。すっかりくつろいだ私は、地球の裏側に来ていることをうっかり忘れるほどだった。
蝶の調査と、そこに連なる思い出をたどると、ほおが緩むのを抑えられない。帰国して9か月が経っても、あの3週間の出来事をこれほど鮮やかに思い出せるとは、なんと幸せなことだろう。(次号、最終回へ続く)

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