全盲大学生海外初一人旅、コスタリカ環境保護ボランティア紀行 その4

度々私事で大変恐縮ですが、全盲娘の海外初一人旅、コスタリカ環境保護ボランティア紀行、『点字ジャーナル』連載の第4回です。よろしければどうぞ読んでやってください。
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★20歳の春、忘れられない3週間 in コスタリカ★
 (4)コスタリカで考えたバリアフリー
 
コスタリカはとてもバリアフリーの進んだ国だ。
そう聞いて、皆さんは驚くだろうか。え、点字ブロックや音声信号があるっていうの?音声で操作できるATMや券売機も?
まさか。コスタリカは「途上国」でしょ?と。
答えはもちろんノーだ。点字ブロックどころか、道は段差と穴だらけ、舗装されていないこともしょっちゅうだ。券売機を探そうにも、大きな街以外に電車はない。車の窓から操作できるよう道路脇に設置されたATMは、日本ではお目にかかれないので面白かったが、音声案内とは縁がなさそうだ。
しかし、前回の記事に書いたように、モンテ・ベルデで巨大ロープアスレチックをしたとき、ガイドの人たちは声を掛け合いながらコースに沿って私を案内し、一つ一つアスレチックの説明をし、「楽しんで」と送り出してくれた。私はすっかり感動してしまった。日本で前に同じような施設を訪れ、危険だからと入場を断られたことがあったからだ。まさか日本でできなかったことがコスタリカでできるとは思いもしなかった。
ここに、点字ブロックや音声案内の代わりにこの国にあるもの、始終私の心を和ませてくれていたものが凝縮されているように思う。すなわち、人々の何事もむやみに心配し過ぎないポジティブさ。そして時間に縛られないのんびり精神だ。
私と歩くことに関しても、公園のみんなはさほど緊張していないようだった。ガイドのロリは、私を手引きして山道を歩きながら、「気をつけて。まあ転んだってたいしたことはないけどね、ちょっと痛いだけで」と笑顔で言ってのけた。極め付きは、私が段差につまずいてたたらを踏んだときに、私と歩いていたスタッフが口にした台詞だ。「アッ、ダンスしてる~」。家族や幼馴染みならともかく、一応仕事で私の命を預かっている彼がそんなことを言うなんて、本当に愉快な驚きだった。
そう、私がつまずいたり転んだりするのはショッキングなことではない。むしろ周囲の状況を知る手がかりになる。日本で道案内をしてもらうと、「歩く速さはこれでいいですか?」、「慣れてなくてすみません」などと言われ、それ以外の話ができないときがある。思いやりは本当に嬉しいが、少しくらいつまずいたって転んだって構わないから、せっかく出会った人ともっともっとおしゃべりしたいというのが私の本音だ。
また、コスタリカで言われて嬉しかった言葉の一つに、「テイク・ユア・タイム(急がなくていいよ)」がある。ありふれた声かけだが、あそこで聞くと本当に「ああ、急ぐ必要ないんだ」とほっとする。たぶん誰も急いでいないからだ。そして初めて、「急ぐこと」がどれだけエネルギーを要するのかに気づいた。パソコンやケイタイの読み上げ機能を超高速にして聞き、試験問題を時間内に解き終わるために試行錯誤するのを当たり前だと思っていたが、もし社会全体が「早くやること」に価値を置かなくなったとしたら、私は、いや誰もが、そのために使っていたエネルギーを他のことに差し向けられるのではないだろうか。
この違いは、先に書いたようにハード面が整っていないからこそ生まれるのかもしれない。物が上手く動かなければ、むやみに心配しても仕方ないし、時間がかかるのは当たり前、そして助け合いが不可欠だ。インフラや機器が整っていると、私は少し大変でも自分でやるべきか、助けを求めるべきか迷ったりするが、整っていないのであれば、迷わず助けを求められる。そして、自動販売機の代わりに人がスタンドで飲み物を売り、運賃箱の代わりに運転手自らバスを降りてお金を受け取ってくれる環境では、助けを求める機会はいくらでもあるのである。
ちなみにコスタリカは、ハード面のバリアフリーにも力を入れている。バスの中には優先席があったし、ハイキングコースの看板には点字とおぼしきものがついていた。特に、コインに点字がついていたのには驚いた。ただ、そういった点字は読むには大き過ぎたり小さ過ぎたりして、あくまでおしゃれなデザインの域を出ていない。
この国の強みは、だから最新機器よりももっとずっと頼りになる、人々の自然さ、大らかさ。世界中どこにでもあるはずの、でも時々表に出にくくなっているもの。そういう意味では、コスタリカはバリアフリーが進んでいるのではなく、まだバリアが生まれていないと言うべきかもしれない。(次号に続く)

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